烏が堕ちた夕べに。
 
 
 昔々のそのまた昔、おそらく人間なんてまだいないころ。
 ある竹の秋の空の下に、一羽の烏がおりました。
烏はご存知のとおり真っ黒で、口の中まで真っ黒けっけ。それでもビー玉のような澄んだ瞳を持っており、それはそれは美しいものでした。
そして烏はそれを自慢に思っていました。
烏は自分の姿も誇りに思っていました。
何色に染まることのない、漆黒の体。光る嘴も、揃った羽も、そしてほかの鳥なんかよりも遥かに高い知能を持ち、考える力があることを何よりも誇りに思っていました。
烏は烏の父親の父親から、「我々は神に選ばれし鳥なのだ」と聞いていました。
「よく聞きなさい、坊主。カラスはなぁ、神に選ばれた鳥なのじゃよ」
「神?神様って僕たちのことも見ていてくれるの?ほかの動物のほうが大きいじゃないか」
「坊主、我々カラスは黒という素晴らしい色を体中に散りばめてある。其れは何故か分かるか?」
「…わかんない。じいちゃんはわかるの?」
 おじいさんは大きく頷いて烏に話しかけました。
「黒は何色にも染まらん。黒は絶大じゃよ。黒は誇りの色じゃ。神はそれを我々に与えた。それは我々が優秀だからじゃよ」
「でも僕は黒が嫌だよ。カナリアなんかは黄色い色で、しかも声も綺麗だよ。僕たちはこんな変な声だし」
「坊主、自分で自分を変というな。第一、カナリアなんてこんなちびっこい小娘じゃないか。我々は鳥の中で一番神に愛され、そして一番偉いのじゃよ」
それでも烏は自分が黒い、ということに誇りをもてませんでした。カナリアは綺麗で可愛くて、オウムも綺麗で美しく、雀も小さく可愛くて、雉は威厳があり格好いい。
なのに何故カラスだけは真っ黒なのでしょう。どうして光に輝かないのでしょう。烏はおじいさんに気がつかれないように小さく隠して泣きました。
 しかし、烏はやがて考えを変えました。
 光に輝かないと思っていた真っ黒い姿が、キラキラと陽光に光るのを、その黒い瞳で見たからです。
烏は喜びました。とても嬉しかったのです。ほかの鳥よりもその黒い体は綺麗で、綺麗で、綺麗で。
なによりほかの鳥よりも頭がよく、いつもいつでもカラスはほかの鳥より上にいました。
 烏はとても嬉しく思い、その日から自分のことを誇りに思うようになりました。
 自分は世界一美しく、逞しく、そして頭がよい鳥だ、と。
 
 
 そのころの空は青と赤と、藍色の繰り返しでした。朝になると水色で、お昼になると真っ青で、夕方になると赤い色で、夜になると美しい藍色に空は染まるのです。
烏は夕方の赤い空が好きでした。お日様が沈んでいく、暖かな空気の中を、黒い影がサァッと駆け抜けていく姿はとても優美で美しく、そして、そこから見る景色が何よりも烏は好きでした。
 
 あるとき、烏はいつもと同じように夕方の空を飛んでいました。
お日様はもうまもなく沈む時刻。烏の黒い瞳にお日様がうつっています。
 
「綺麗だなぁ」
 
 ポツリと呟いた烏の目の前に、一羽の雀が飛んできました。このままでは衝突してしまいます。いつもならば相手のほうが避けるのですが、今日の雀は避けませんでした。
烏と雀はぶつかりました。烏はかんかんに怒ってしまいました。
 
「やいやい雀!なんでどかないんだ!」
「こんにちは烏さん。何故そんなに怒っていらっしゃるの?」
「いらっしゃるのだと!」
 烏はますます怒ってしまいました。雀は謝る様子もありません。それどころか、馴れ馴れしく話しかけてきたのですから!
「なんでだと!お前、今しがた自分が何したのか分かっているのか!?」
「そんなにカッカなさらないで。頭の血管が切れてしまいますよ」
「うるさい!烏様に向かってその態度はなんだ!」
 烏は雀を、その自慢の羽で叩き落しました。
 小さな小さな雀はたちまち力を失い、地上へと落ちていきました。
「この馬鹿鳥めが。素直に謝っておけばいいものを」
 烏はそういってまた飛び始めました。
 そのときです。
 烏の体から力が抜けていきました。
 そして烏は落ち始めました。
 しかし地上にではありません。天上に向かってです。
 空に向かって堕ちだした烏は、何がなんだかわからなくなってしまいました。
「いったいどうしたことだ?僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか?」
 すると、烏の問いに答える者がいました。
『カラスや、お前のことをわたしは見損なったよ』
「誰だ!」
『わたしはお前のことを愛していたのに…雀にあんなことをするとは』
 そのことを聞いて、烏は真っ青になりました。思い当たる節がひとつあったのです。
「おい!どうなるんだ僕は!早く地上に帰してくれ」
『それはできない願いじゃよ。お前さんはすべての罪を償わなくてはならぬ。雀を傷つけた罪で空に堕ちるのじゃよ』
 その声をきいて烏は確信しました。その声は神様だったのです。烏は慌てました。
「あれは僕が悪いんじゃない!雀が避けなかったのが悪いんだ!」
『わたしはお前を愛していたが、雀も愛している。地球上すべてのものは平等じゃよ。カラスや、お前は其れを理解しないといけない』
「おい!」
『お前を空に託してやろう。そしてすべてを見るがいい』
「え、え、え…ちょっとまてよ!待ってくれよおいってば!」
 そういう烏の声は神様には届かず、烏は空に堕ちていきました。
 お日様はとっくに沈んでおり、あたりは藍色に染まっています。
 そこに烏は堕ちていきました。そして空は藍色から黒に変わったといいます。
 烏は夜の空になりました。
 
 いまの夜の空が黒いのは、その烏が今も天上にいるからなのだそうです。
 烏はいまでもわたしたちを見ています。その漆黒の瞳で。
 いままでえばった事、ほかの鳥に暴力を振るったこと、烏はきっと反省していることでしょう。
 
 
 
 
  ――烏は夜の空に堕ちた。そして空は黒くなった。カラスが夕方に空を飛ぶのは、堕ちた烏に少しでも会いたいからなのだそうだ。
烏は夜の闇に堕ちた。烏は罪を償うために堕ちた。毎夜空に手を組む者がいるのは、罪をつぐなうためにそうやるのだそうだ。
 
 
決して、堕ちた烏のようにならないために。
 
 

 fin

中途半端なおわりかただな。

部活で書いたけど没。っていうか意味不明だからやめたもの。

そこまで悪いやつでもないんだけどね。

暗いかな、と笑

緋隅小夜

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